英国剣道リポート

長尾 進(明治大学)

2003年から2004年にかけてイギリスに留学した長尾氏。留学した年にはイギリスで世界剣道選手権が行われた。氏が経験したイギリスの剣道についてリポートする。

長尾氏とChapman氏
1. 英国剣道連盟(BKA)の組織

 英国における剣道は、第二次世界大戦前に行われたという記録もありますが、日常的に行われるようになったのは1966年頃からであり、ほどなく英国剣道連盟(British Kendo Renmei、のちBritish Kendo Associationに改称、以下BKA)が組織されました。
 現在のBKAは、全日本剣道連盟と同様、剣道部・居合道部・杖道部の3部門より構成されています。正式な登録者数は約500名といわれていますが、映画「ラスト・サムライ」の影響もあってか、私が帰国する間際には、ロンドンの主な道場では10名から20名一気にビギナーが増え、うれしい悲鳴をあげていました。
 連盟の運営は、John Howell氏(会長・7段)、Geoff Salmon氏(副会長・6段)、 Michael Davis氏(剣道部長・7段)、Paul Budden氏(事務局長・6段)といった人たちが中心となって当たっています。

2. BKAの行事(講習会、審査、大会)

 BKAの行事は、おもに講習会(Seminar)、昇段審査(Grading)、大会(Taikai)に分けられます。  
剣道についての正しい知識の普及・啓蒙のためには講習会は欠かすことができずBKAもこれに力を入れています。今年でいいますと、2日なし3日間にわたる講習会の最後に昇段審査というスタイルの講習会が4回(3月・5月・7月・8月)、女子剣道講習会が1回(5月)、救急法講習(First Aid)が2回(2月・9月)、コーチング講習が1回(4月)、審判講習会が1回(12月)となっています。
 なかでも、BKAとKodokan 道場との共催で行われる8月の講習会は今年で19回目を迎え、日本から角正武先生(範士8段)を毎年お迎えし、早朝から夜まで、基本稽古、地稽古、日本剣道形、木刀基本稽古法、審判法など剣道三昧のスケジュールが3日ないし4日の日程で組まれ、英国のみならず近隣諸国からも多くの剣道家が受講し好評を博しています。また、この他に英国代表候補(約30名)の合宿(2日間)がほぼ毎月行われ、代表チームのコーチである本多壮太郎氏(6段、福岡教育大卒)の指導のもとみっちりと基本稽古が行われており、またBKAのメンバー誰にでもオープンにしていますので、これもひとつの講習会の役目も果たしています。
 全国規模の大会は、Sir Frank Bowden Taikai & Premiers Cup(6月)と、British Open Kendo Championship(9月)があります。このうちSir Frank Bowden 大会は、BKA草創期の中心メンバーであった故Frank Bowden卿を顕彰する大会で、1チーム5名の団体戦が行われ、BKA登録者であれば誰でも参加できます。その翌日行われる Premiers Cupは個人戦で、英国パスポート保有者のみが参加できます。これは前日の団体戦で、どうしても日本人を多く有するチームが上位を占める傾向が強いことから、個人戦においてはこのような制限が設けられているようです。
 British Open Kendo Championshipは個人戦で、少年(13歳以下)、少年(16歳以下)、女子、男子(1級~3段)、男子(4段以上)、剣道形の部があります。
 このほかにも、念力道場が主催するLidstone 大会(英国剣道のパイオニアで初代連盟会長を務めた故Charles Lidstone氏を顕彰し、無段者のみによって競われる大会)、無名士道場が主催するMumeishi International(1チーム3人の団体戦で、ヨーロッパをはじめとして海外からの参加チームも多い)などがあり、いずれもBKAが協賛・協力しています。

3.  BKA所属の各道場(club)

 道場といいましても、英国の場合、公共または民間のスポーツ施設を利用してのものがほとんどであり、個人によって建てられた道場は、滞在中お目にかかりませんでした。BKAに登録されている剣道のclub(居合道・杖道のみのclubは除く)は、BKAのホームページによれば現在32clubで、地域別の内訳はイングランド29、スコットランド2、ウェールズ1となっています。ただし、私が知っている(訪れた)だけでもこれに載っていないclubが二三ありますので、実際はもっと多いでしょう。紙数の都合もありますので、その中から私が日常的に、あるいは複数回以上訪れた道場のみ簡単に紹介させていただきます。
〈念力道場〉…1966年に設立された英国で最も古いclubで、ロンドン市内Elephant & CastleにあるGeofrey Chaucer Schoolで稽古が行われています。現在道場を主宰しているのは『五輪書』を始めて英訳したことでも知られるVictor Harris 氏(大英博物館顧問)であり、地稽古を中心とした稽古で、また日本刀鑑定の専門家であるHarris 氏の道場らしく、「刃筋」を理解するために巻藁の「試し切り」を年2回ほど行っています。良い意味で日本の昔時を彷彿とさせる稽古スタイルです。
〈無名士道場〉…念力道場で剣道をはじめたTerry Holt氏(7段)が1968年に設立したclub。同氏が日本に知己が多いことから多くの日本人の方が所属しており、ヒースロー空港に近いCranford Community Collegeの施設内という地の利のよさもあって英国各地から稽古に訪れますので、質量ともに最も充実した稽古ができる道場と言って良いでしょう。現在BKAの顧問であり、アイルランド共和国チームの監督である矢内訓光先生(7段、早大卒)が、Holt氏とともに指導されています。
〈Kodokan道場〉…ロンドン北西Rickmansworth にあるPrincess Marina Sports Complexという施設内で、前出Paul Budden氏が主宰するclub。小野派一刀流を修行し、また形に関する著作もある同氏のclubらしく、稽古時間の前半をじっくりと形の稽古に充てるのが特色です。
〈University of Gloucestershire Kendo Club〉…イングランド西部Cheltenhamにあるグロースターシャー大学の剣道クラブ。同大学は、英国で唯一正課の剣道授業を開講していて、同授業の担当者であるIan Parker Dodd氏(4段)と前出・本多壮太郎氏によって指導されています。
 英国の道場(club)では、週2回、午後7時あるいは8時から1時間30分程度の稽古というのが、一般的なスタイルです。施設使用料は利用者(受益者)負担で、各clubでは主宰者または幹事が会費を徴収し、これに充てています。
 また、英国はPub文化の国です。剣道においてもご多分に漏れず、稽古後のPubでの一杯やchatは付き物です。というよりもむしろ、稽古とその後のpubでの交歓がセットになっている、といった方が良いでしょう。無名士道場のあるCranford Community Collegeには施設内にPubがあって稽古後の交歓の場となっており、念力道場の近くにはその名もRising Sunという、club設立当初(1966年)よりメンバーが通っている名物Pubがあります。

4. 思い出の一こま

〈世界選手権をめぐって〉
 はじめて英国で剣道の大会を見たのは、5月31日のSir Frank Bowden大会でした。イングランド中部Stoke-on-Trentで行われたこの大会をみたとき、正直言って間近に迫った(7月の)グラスゴーでの世界選手権の大会運営は大丈夫だろうかと心配になりました。プログラムも無く、組み合わせはその日に決まり、また、3チームによる決勝リーグの進め方も、少々理解に苦しむものでした。
 しかし、約1か月後、グラスゴーでの世界選手権を見たとき、私の心配は杞憂であったことがわかりました。初日にエリザベス女王とエジンバラ公のご臨席を仰いで、その後の日程も大過なく乗り切り、大会は大成功裏に終了しました。その成功の影には、全日本剣道連盟や日本の先生方の指導・助言も勿論ありますが、私の見たところ何と言っても熟練した競技役員と、献身的なボランティアに支えられての成功だったと思います。英国の各クラブから有段者を中心に競技役員を出し、また、ヨーロッパ剣道連盟や各国の連盟でかつて会長や役員をつとめたような人たちが、計時係や会場係を率先して、かつ喜んで受け持っていたのです。そのことをBKAの役員たちに問うたところ、彼らは「これは、BKAだけによる成功ではなく、ヨーロッパ剣道連盟が永年培ってきた友情による成功なんだ」という答えが返ってきました。この7月にはエジンバラにおいて、京都大会やパリ大会にならったInternational Kendo Enbu Taikaiが開催されますが、きっと彼らはこの大会も成功に導くことと思います。
 世界選手権といえばもう一つ。NHKの『ただ一撃にかける』が大きな反響を呼んだということですが、英国でも日系の衛星放送で何回か放送されたらしく、評判になっていました。我が家の近所の日本企業にお勤めの方の奥様が、私の妻に「この間、剣道のテレビ見たわよ。すごいわね剣道って。感動して泣いちゃったわよ」と言ったそうです。この方だけでなく、ほかにも妻に同様のことを言ってきた人がいました。毎日が異文化コミュニケーションの連続、いつ帰国できるかわからないストレスフルな駐在生活において、同番組は駐在員の方やそのご家族の方にとっても、日本文化のよさを再認識する機会となり、活力を与えてくれるものであったようです。

〈交剣知愛〉
 ウェールズで唯一のclub「紅龍(Akai Ryuu)」を訪れたとき、稽古後、同clubのリーダーであるShawn Lowthian氏(2段)が彼の自宅へ私を泊めてくれました。彼は建築業者で、山上にある100数十年前に建てられた教会跡を改築して住んでいますが、蝙蝠や鹿がでてくるような「趣」のある館で手料理をいただきつつ、指導法や形、剣道具のことなどについて質問攻めにあいました。英国剣道においても「中央と地方」の問題はあるようで、ロンドンやイングランド中心部にいる人たちは、講習会やイベントへの参加も容易でありその点情報量も多いけれども、地方にいるとその機会も少なく、たとえば形の所作や解釈、稽古法や指導法の詳細などを尋ねる機会が少ないことを零していました。私を質問攻めにしたのも、そのような事情からだそうです。
 また、英国中部Nottinghamshireの「樫ノ木剣友会」を訪れたときは、稽古の前日同剣友会のリーダーであるTrevor Chapman氏(5段)の家でやはり夜遅くまで語り合いました。Chapman氏は、日本訪問回数も多く、剣道に関しても深い洞察力の持ち主ですが、英国の剣道も基礎の「かたち」を学ぶ段階から、今度は基礎の「中身」を考える必要性があることを痛感しているようで、とくに稽古のそれぞれの場面における「元立ちの重要性」を英国の剣道家たちはもっと理解すべきだ、というのが彼の見解でした。
Lowthian氏、Chapman氏のclubを訪れたのはそれぞれ1度きりで、また、彼らのホスピタリティーにこちらがどれだけ応え得たかどうか自信はありませんが、日本にいるとき以上に「交剣知愛」ということを実感したことは確かです。

〈関東学生剣道連盟の来英〉
 帰国間際の3月6日・7日の両日、塩倉高義先生を団長、数馬広二先生を副団長とする、関東学生剣道連盟の使節団(学生19名。男子13名、女子6名)を迎えての親善試合・稽古がありました。はじめ、百鬼史訓先生から関東学生剣道連盟の国際交流事業の一環として、英国での交流試合・稽古の打診があり、BKA事務局長Paul Budden氏に相談したところ、快諾のうえ、施設、交通、昼食、パーティーの手配など迅速に進めてくれました。どうせなら、英国代表チームも同時に召集して試合・稽古をやろうということになり、Budden氏のclubで利用しているPrincess Marina Sports Complexで、上記の2日間、午前10時から昼食をはさんで夕方5時までたっぷりと親善試合や稽古を行うことができました。英国側からは、両日とも男女英国代表選手を含めて50名ほどの参加者があり、大盛況でした。とくに、若くてイキのいい日本の学生選手たちが公式な使節として英国を訪れたのは初めてのことらしく、その意味でもBKA側は大いに喜び、是非毎年訪れてほしいと申し出たほどでした。在外研究中の最後にこのようなイベントに関わることができて、私にとっても大変印象深いものとなりました。

5. おわりに

 私は、80年代なかばにパリへ、90年代はじめにストックホルムにそれぞれ10日間ほどづつ、剣道具をかついで行かせていただいた経験がありました。今回英国に滞在し、世界選手権や講習会などにおいて英国も含めたヨーロッパ各国の剣道家と交流を深めるなかで気づいた以前と違う点は、彼らの日本剣道に関する情報量の増大と、着用している剣道具の質の向上でした。インターネットの発達は、剣道についての様々な情報の入手を容易にし、また剣道具についても日本製だけではなく、他のアジア諸国製の廉価でかつしっかりとした剣道具の購入を可能にしたようです。
 しかしながら、剣道についての最近の動向、たとえば日本剣道形の若干の変化(4本目など)や、「木刀による剣道基本稽古法」の制定などについても、日本の先生方が来て指導されていますしかなり理解してきていますが、こうした情報入手の「容易性」と「即時性」という点では、まだまだ改良の点があるのではないでしょうか。つまり、なぜこのような改定が行われているのか、その背景も含めて、英語に翻訳して逐次発信するということも、剣道分科会に所属する先生方のお力を集めれば、可能なのではないかと思います。
 また、国際剣道連盟所属の44の国や地域だけでなく、たとえば英領モタや、クウェートなどでも剣道がはじめられ、BKAの役員が指導に訪れています。そういったところや、前出グロースターシャー大学の剣道授業でも剣道具を切実に必要としています。全日本剣道連盟でも中古剣道具の海外寄贈は行われているようですが、剣道分科会でもこれと相互補完的に、中古剣道具に関する情報を集約し,これらの地域への支援をするということも可能でしょう。
 剣道分科会のホームページを通じて、これからは海外の剣友に、彼らの欲しているより詳細な情報を積極的に発信していっても良いのではないか、ということを提言申し上げて本稿の終りにしたいと思います。