急がれる道場へのAEDの設置

齋藤 実(専修大学)

 平成12年9月に文部省から「スポーツ振興基本計画」が出されました。それでは、「心身の両面に影響を与える文化としてのスポーツは、明るく豊かで活力に満ちた社会の形成や個々人の心身の健全な発達に必要不可欠なものであり、人々が生涯にわたってスポーツに親しむことは、きわめて大きな意義を有している。」とスポーツの意義を示した上で、「生涯にわたってスポーツに親しむことのできる社会、すなわち『生涯スポーツ』の環境づくりを目指すこと」が目標として掲げられています。そのなかで特に剣道は注目され、生涯にわたって目標をもって続けることのできる既存のシステム(昇段、道場の考え方、少人数で実施できる、世代間交流が可能など)があることから、生涯スポーツとしての価値は高いとされてきました。また、それに加えて怪我や事故が起こる可能性が小さいと考えられていることも、それをあと押ししてきました。
 ところが最近、剣道において死に至るような事故、いわゆる突然死の報告を耳にすることが増えてきました。その多くが、虚血性心疾患、心室性不整脈といった心・血管疾患で、中高年だけでなく若年者の死亡例も報告されています。
 スポーツ活動中の突然死の原因は、中高年であれば冠動脈の硬化、心筋の変性(心筋症)、冠動脈口狭窄などがあげられており、若年者であれば肥大型心筋症、冠動脈奇形などがあります。剣道の稽古にはそれらの原因を発現させる要因が多くあると考えられ、稽古による脱水量が他のスポーツよりも著しく高いこと、剣道特有の精神的な緊張があること、稽古時に血圧が増加することなどの医学的・生理学的要因を推測することができます。また、剣道を行う若年者の心室肥大の報告も少なくないようです。
 実際にスポーツ種目別の突然死危険率(40歳~59歳)によると、ランニングにおける危険率を1とした場合の相対危険率は剣道が2。5倍、続いてスキーと登山がそれぞれ1。9と1。8倍、野球が1。2倍となっています(清水ら)。ニュースではランニング中の突然死をよく耳にしますが、安全と思われていた剣道でその2。5倍もの突然死の危険性があるのです。

スポーツ種目別の突然死危険率(清水ら)

 心・血管系の突然死の危険性を軽減するためには、やはり道場へのAEDの設置が最も有効な手段になります。AED(Automated External Defibrillator:自動体外式除細動器)は、自動で除細動(心臓の心室が小刻みに震えて全身に血液を送ることができない状態に電気ショックを与えて正常な状態に戻す)を行う器械で、臨床的評価によって除細動器としての安全性と有効性が確認されたことから、日本では平成16年7月から一般市民が使うことができるようになりました。今ではほとんどの公的機関に設置されていますが、数多くある剣道の道場までとなると設置されていないのが現状です。また、公的な施設を利用しているクラブの場合でも、AEDの設置場所を把握していない指導者が多いのではないでしょうか。
 生涯続ける価値のある剣道を、危険性に対する準備不足で中断する結果となることは残念の極みです。剣道の安全性を高めることも、剣道の価値を高めることに繋がる一つの手段と捉え、啓発を進めているところです。

AEDが設置されていてもわかりづらいところにある場合も多い。