大英博物館蔵の剣道具
長尾 進(明治大学)
私は、2003年度に明治大学長期在外研究員として英国に1年間滞在しましたが、滞在中、大英博物館所蔵の剣道具について、同博物館顧問Victor Harris氏(宮本武蔵『五輪書』最初の英訳者)の協力を得て、閲覧および写真撮影することができました。
大英博物館には数多くの刀剣とともに、いくつかの剣道具が収蔵されています。そのうち長竹刀については、榎本鐘司先生(南山大学)の「講武所におけるしないの統一」(全日本剣道連名編『剣道の歴史』、全日本剣道連盟、2003、所収)をはじめとして、先行の論考においてこれまでにも紹介されてきました。しかし、その他の剣道具については、これまで詳細には報告されていません。それらのなかには、剣道用具史上貴重なものもあります。
この度、日本武道学会第37回大会(香川大学、2004)においてこれらをあらためて紹介することにしました。なお、剣道具の分析・検証にあたっては、⑭東京正武堂の鉄川榮市(てつかわ・えいいち)氏と岡部数彌氏に懇切なご教示をいただき、また、成蹊大学・武藤健一郎先生にもアドバイスをいただきました。
1. 大英博物館蔵、1870年寄贈の胴
図1・2の胴は、胸乳革(むねちちかわ)部分に付けられているタグの記述から、1870(明治3)年に大英博物館に寄贈されたものであることが判明しています。寄贈者は不明ですが、石原敬七編『写された幕末』などに掲載されている高杉晋作着用剣道具の胴や、全日本剣道連盟蔵・明治初期剣道具(全日本剣道連盟編『剣道の歴史』口絵ページに掲載)の胴と形が類似しており、胴台(どうだい)が幅広で、胴胸(どうむね)が前面部のみで側面部にはないということが共通しています。
幕末期から明治初期には、革胴(かわどう)、竹胴(たけどう)、竹胴の表側に鞣革(なめしがわ)を貼ったものなど、さまざまな技術で胴がつくられましたが、図1・2の胴は、和紙に漆をかけ、そのうえにまた和紙を貼り、さらに漆を塗りかためる、という工程をくり返す方法で作られたものと推定され、やはり幕末期に多く作られたものであるといいます。
乾燥した場所で保管されたためか、胴台部分が丸まっています(あるいは、保管のために丸めた可能性も捨てきれません)。胴胸の部分に雲形(くもがた)や飾りが施されていることが、この時期のものとしては特徴的です。胴紐は当時よく使用された麻紐であり、1本しか残存していません。
2. 大英博物館蔵、グロースター公爵家寄贈の剣道具
図3~6は、先代グロースター公爵が、昭和天皇の即位式(昭和3年、1928)に招かれたおり、剣道に興味を示し、英国に持ち帰ったもので、近年になって現グロースター公爵より大英博物館に寄贈されたものです。
面・小手・胴・垂ともほぼ今日的形状で、後述する竹刀と合わせて、剣道具一式が揃っています。面・小手・垂はいずれも手刺し製で、1分5厘刺です。製作者の明確なものは小手(図4)で、小手筒下部には戦前名人といわれた「小手兼(こてかね)」の銘があります。面・垂・胴については、垂の雲形の特徴(図6)などから、四谷・松本製ではないかと推定されます。
面は、面布団が今日のものより短めで、戦前の面の特徴があらわれています(図3)。また、面布団の面ぶち側には吸湿性にすぐれ、擦れを予防することのできる、刺子(さしこ)が用いられています。胴は60本竹の構造で、胴胸には鞣革が用いられています(図5)。
3。大英博物館蔵、長竹刀とグロースター公寄贈竹刀
図7・8・は、大英博物館所蔵の長竹刀と、同館所蔵グロースター公寄贈の竹刀を並べたものです。長竹刀は、先にみた1870年寄贈の胴と同時期に寄贈されたものとみられます。長さは4尺8寸、剣先部分が細くなっていることが特徴的です。これは、全体のバランスをとろうとしたものと考えられますが、「面金突(めんがねづき。金面突とも)」などの技術もあった当時の剣道を思えば、安全性には疑問の残る構造です。
柄革(つかがわ)の折り返し部分の切れ目は、今日の竹刀では開いているものが多いのですが、大英博物館蔵の長竹刀は、革紐を通してきつく締めてあります。これは今日でも、⑭東京正武堂で販売される竹刀などにおいて採用されている昔ながらの方法であり、折り返し部分がしっかりと締まることにより、持った時の感触がよくなるという効果が得られます。
鍔は形状からして、猪鍔(ししつば)とみられます。猪鍔は、猪(いのしし)の革の最も固い部分で作られるもので、手元を打たれたときの衝撃を和らげる効果があり、また軽いため竹刀のバランスをくずさない利点があります。
一方、グロースター公寄贈竹刀は、長さ3尺8寸5分、竹は肉厚、柄の握りはやや太めで、刀身部分も胴張りではなく全体にすらっとしていて、古刀型(関東型)の特徴が表われています。
4. おわりに
中村民雄先生(福島大学)の「防具(剣道具)の歴史」(月刊「剣道時代」2001年3月号)などの論考をはじめとして、剣道具史に関する研究は進み、従来の剣道史において言われていた正徳年間(1711~1714)よりもさらに遡った1600年代後半から直心影流においては剣道具が使われ、工夫・改良されていたことが明らかになってきています。また、全日本剣道連盟においても近年、稀少剣道具の保護・収集に力を入れてきています。
こうした古い剣道具の入手は年々難しくなってきているのが現状ですが、古い剣道具には先人の剣道に対する愛情と創意工夫が多く詰まっていて、現在および将来の剣道具製作に大いに参考に資するものがあるといいます。剣道の技術や精神性などとともに、剣道具という文化遺産の継承・発展のためにも、これらのさらなる収集・保護が望まれます。
※ このコラムは、日本武道学会第37回大会において発表した内容を要約・補筆したものであることを付記します。